ツイッターまとめ1『ヘアゴム』
男子が髪を結ぶとどうも煙たがられがちなのだけど、二次元世界では髪を結んでいる男子というのはわりといて、そういう男は線が細くアーティスティックな印象の人物が多い。僕含め一部のティーンズはその佇まいに憧れ、歓迎されないことを承知で、大して長くもない襟足を必死に結ぼうとしたりした。
中学の頃、髪結びを実践した先輩がいた。顔が良い大人びた先輩だったけど、それでも女子からダサいよとからかわれて、それとなく言い訳をしていた。現実ではどうしてもこの憧れは通用しないらしい、と僕は肌で感じた。その行いが暴かれたら、笑いものにされ、血祭りにされ、野垂れ死ぬことになるのだ。
先輩のようにね。たぶん変なあだ名もつけられるだろう。髪結び小僧とか、妖怪みたいな語感のあだ名を。だから襟足をこっそり結ぼうとする時は、必ず人がいないところでだ。
高校の頃もその決まりは守って、僕は放課後の教室でたまたま最後だった時に、ふと思い出して襟足をつまんだのだ。だいぶ伸びてるから今度こそ結べるかも、と思った。しかし男子高校生はヘアゴムなんて持っていない。だから僕は教卓の上の小さな輪ゴムでキツキツの二重輪を作り、襟足に必死に通した。
はたから見るとちょっと惨めな格闘の末、なんとか襟足を輪ゴムで括ることに成功した。そして成功と同時に、輪ゴムは髪を括るためのものではない、と思い出した。正気に戻ったのだ。戻らざるを得ないくらい、輪ゴムが髪に絡まり引っ張られて痛かった。僕はすぐに輪ゴムを外そうと手を背後に伸ばす。
そのとき、教室の扉が開かれ、女子が二人入ってきた。何やってんの、と訊かれた。「実は実験的に輪ゴムで髪を結んでみててね。何せほら、僕はヘアゴムを持ってない」などとはとても言えないので、僕は適当な言い訳をしながら、伸ばした手を自然な動作で首元から背中に下ろし、背を掻くフリをする。
二人は「忘れ物をした」と僕の背後に回り込むように、自分たちの机を目指す。まずい。このままでは血祭りだ。しかもお前の場合、手に入る称号は『髪結び小僧』では済まない。『輪ゴム結び小僧』だ。ただの妖怪だ。輪ゴムがそう警告し、僕の襟足を締め付けた。痛いからやめろ、と僕は思った。
その時の僕の動きはルンバみたいだったと思う。もしくは床屋の前に必ず立ってグルグルやってる大きな歯磨き粉かな。とにかく、僕はゆっくり回転しながら、それまでの高校生活で最も社交的かつ積極的に、女子に話を振り続けた。そうすることで、女子の方に顔を向ける正当な動機を作り続けた。
対面し続ける限り、相手には背後の輪ゴムは見えないからだ。輪ゴムは僕の戦略を讃えるかのように、より一層髪に絡んだ。大人しくしろ、と僕は思った。
「まだ残ってるなんて珍しい」と友達の声が扉の方からして、僕は思わずびくりと首をすくめた。
僕は今、背後に回ろうとする刺客たちに対処していた。つまり、扉側には背を向けていたわけである。ええと、だからつまり、どういうことだ?
「びっくりしたよ」と僕は首をすくめたまま言った。「そんなに?はは、なんだそりゃ」
そう、つまり血祭りの時間だった。
クラスメイトたちが教室を去って、僕はまた一人になった。そしてホッと胸をなでおろした。僕の高校は学ランだった。襟が首元を覆っている。だから、短く縛られた若草みたいな襟足は、首をすくめた拍子にすっぽりと学ランの中に収納され、外からは見えなくなっていた。
たとえ友人に「なんだそりゃ」と僕の姿勢の諧謔味を指摘されても、僕がその姿勢のまま戯け続けてみせたのは、そのためだ。
手の中の輪ゴムが僕の奮闘への報奨かのように、細い毛を一本落とした。これは、コイツを解くために抜け落ちた命だ。もう二度とこんな惨劇を繰り返してはならない。そう僕は心に誓い、駐輪場へ向かった――そんなこともあったな、といま僕は、すっかり伸びた髪をどうするか考えながら昔を懐かしんでいる。
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